見えない過去

国際サマルカンド病院に入院している私は運が良かったのだろう。 一ヶ月前、不運にも酔った勢いで階段から転げ落ちて、足の骨を折ってしまったのだ。 通りすがりの人に助けてもらい、近くの病院に運ばれたのがここの病院である。 この病院は評判が良く、会社の同僚や上司にここに運ばれてラッキーだったなと、太鼓判を押されたのだが実際合ってる。 医師の腕が良く、ベッドや部屋の施設は最新の物だろうかとても綺麗だ。 快適に入院生活を送れてると思う。

さて、最近隣の個室に新しい患者が入ってきた。名前は白鷺弓子、可愛い女の子だと看護師から聞いた。 なんでも急患で原因不明の病気らしい。これは看護師達の立ち話でちょっと盗み聞きした時の情報だ。 そんな不幸な彼女には白馬の王子様がいるらしい。もひとつ隣の病室の江田さんという50代の行き遅れのおばさんの情報。 その王子様は大層お顔が美しく細い体は支えたくなるそうだ。 男には興味ないが、男の好みに煩い江田さんの異常とも言う持ち上げ方だ。何かの巡りあわせですれ違う事がありそうだ。 私は頭の中の情報を纏め、ふかふかのベッドで眠りに就いた。

ある日の昼頃だ。遠い田舎に住んでる親から手紙が届いた。どうやら東京に起きた大勢の行方不明者と死亡者を起こした悪魔の災害の事についてだろう。 事は1週間前、悪魔(信じてはいないが。)と呼ばれる者がここ東京に出現し、人々を襲ったのだという。 幸いな事にこの病院までは被害が広がることはなかったが、それでもかなりの被害にあったのだ。 経済は崩れに崩れ、輝かしく光るネオン街は見る形もないのだという。 自分の会社も同じく倒産。同僚、上司の中には亡くなった人もいる。しかしあまりにも大規模なので通夜も葬式も出来ない状況なのだ。 私は手紙を読んだ。字が震えており、読みにくい所もあるが、生きてるなら電話を掛けてほしいとの事だ。 リハビリ中の足に鞭を入れつつ、病院内の公衆電話を探す。 まだ歩くのに体力を使うがしかたない。見つけた公衆電話に念のために残しておいたテレホンカードを差し込む。 ダイヤルを回しながらなんて話すか考えていた。コール音が耳に届く。3コール目に聞きなれた声が私の心を安心させた。 話したことは会社が先の件で倒産した事、退院したら田舎に帰る事を伝えて受話器を元に戻した。 病室に戻ろうとした時、何者かが私の腕にぶつかった。まだリハビリ中の私は不意の衝撃にふらつく事になった。 ぶつかった相手も想定外だったのだろう。その華奢な体は大きくふらついた。 「申し訳ない。・・・大丈夫かい君。」私は電話の下に敷いてる板に手を置き、何とか立ち上がった。 相手は高校生の男子だろうか。細い体には生気を感じる事が出来なかった。 「いえ・・・こちらこそ考え事を・・・」少年は言った。 その顔色は青白く今にも消えてしまいそうな薄さがあった。だが顔自体はとても美しく、男の私が言うのはなんだが、少年はかなりの美形であった。 彼は軽い一礼をし、その場をふらふらしながら離れた。彼が噂の白馬の王子様なのかな。 私は彼が向かった出口を見た。あの顔色からすると白鷺弓子さんの容体は良くないのだろう。

私は病室に戻り、ベッドに腰を落とした。 私は彼とは初対面である。彼女の白鷺弓子に関しては顔も見たことがない。 だが彼の顔を見たとき、頭の中に一つの光が走った。 遠い遠い記憶なのだろうか。私は彼にあったことがあるのか。 いや無い。 ただただ遠く私の生前・・・もっと先だろうか。 私は彼を祭っていた。祈っていた。頼っていた。 私は。

目が覚めた。私はあれから気絶するように寝ていたのだろう。 あれは夢だったのだろう。 しかし私の心の中に残っている。 私は彼のことが気になってしまった。 彼は絶望の中何処で希望を見つけ出すのだろうか。 治安が悪くなり、スラム街になりつつあるこの東京で彼に生きる希望はあるのだろうか。 私はここを去ることを決めている。だが彼は彼女を置いてどこかに逃げる事はしないだろう。いや出来ないだろう。 ここに残る運命なのだろう。彼女がこうなったのも、彼が今ここにいることも。全ては定められた運命の歯車を回している。 私は彼がこれから先、どの運命を辿るかは分からない。 ただ彼らに思う事がある。彼らにこれからの未来に幸あれと願いたい。